M&A・事業承継コラム

私学法改正に伴う、大学・短期大学の今後

日本の高等教育機関、とりわけ私立の大学および短期大学を取り巻く経営環境は、かつてないほどの大きな転換点に立たされています。

人口減少という抗いがたい波と、厳格化する法規制という波が同時に押し寄せる中、従来の延長線上にある経営手法だけでは、存続を図ることが極めて困難な時代に突入しました。

本コラムでは、最新の市場動向や法改正のインパクトを紐解きながら、学校法人が「建学の精神」を次世代へ継承するための前向きな戦略的選択肢としての「M&A・事業承継」について、独自の視点から解説します。

目次

迫り来る「2040年問題」と、選別される教育機関

学校法人の経営基盤を根底から揺るがしているのが、不可逆的な構造変化である「少子化」です。

市場の需要を決定づける18歳人口は、2040年に向けて80万人を割り込むことが確実視される「2040年問題」を抱えています。現状でも全国の私立大学の半数近くが定員未充足(定員割れ)状態に陥っており、とりわけ地方の中・小規模法人では、学納金収入の減少に伴う経常的な赤字経営が慢性化しています。

この厳しい環境下において、国(文部科学省)の補助金政策は「一律の救済」から「選択と集中」へと明確に舵を切りました。

令和7年度予算案においても、「私立大学等改革総合支援事業」として103億円が確保されていますが、その支援対象は限定的です。

AIやIoTを活用する超スマート社会「Society 5.0」の実現に向けた文理横断的なプログラムや、地域社会の発展に寄与するプラットフォーム形成など、「成長力強化に貢献する質の高い教育」を提供できる法人のみが評価・支援される仕組みへとシフトしています。

もはや、大学が生き残るための基準は「定員を満たしているか」ではありません。
社会の変化に適応し、独自のブランド価値と教育の質を転換できない法人は、市場からの退出を余儀なくされるフェーズにあるのです。


2025年改正私立学校法が迫る「ガバナンスとコスト」の壁

人口減少による収入減とインフレによるコスト高騰に加え、経営陣にとって「単独での生き残り」を断念させる決定的なトリガーとなっているのが、2025年4月に施行された「改正私立学校法」です。

過去に一部の法人で発覚した不祥事を受け、社会の信頼を維持するために抜本的なガバナンス改革が断行されました。この法改正は、学校法人に対して大規模な株式会社と同等以上の厳格な体制構築を求めています。

  • 評議員会の権限の飛躍的強化

これまで理事会の諮問機関に留まることの多かった評議員会が、法人の根幹に関わる最重要事項(寄附行為の変更、解散、合併など)の決議権を持つようになりました。

これにより、トップダウンでの意思決定は難しくなり、全学的な合意形成が不可欠となりました。

  • 会計監査人の設置と内部統制の義務化

大臣所轄学校法人等に対して、公認会計士または監査法人による会計監査が義務付けられました。

さらに、日常的な業務プロセスにおけるリスク管理や法令遵守のための内部統制システムの整備も求められます。

これらの対応には、外部人材の招聘費用、高額な監査報酬、システムのデータ化投資など、莫大なコストが発生します。

資金繰りに余裕のない限界法人にとって、このコンプライアンス対応コストは致命傷となり得ます。


 M&Aにおける譲渡(売却)側と譲受(買収)側の心理

このような過酷な環境下において、法人の譲渡(売却)や譲受(買収)、すなわちM&Aや事業承継を模索する動きが急速に活発化しています。

しかし、学校法人のM&Aは一般企業のそれとは次元の異なる複雑さを伴います。成功への第一歩は、双方が抱える目的と課題の違いを正確に把握することです。

【譲渡(売却)側】地方・中小規模の学校法人

  • 主な目的

    ・建学の精神と法人の存続
    ・教職員の雇用と学生の修学環境の維持
    ・後継者不在問題の解決

  • 深層心理・ハードル

    ・「売却」という言葉への強烈なアレルギー
    ・創業者一族としての誇りと名誉の保持
    ・評議員会や同窓会、教授会の反発への恐怖

  • 直面する課題

    ・定員割れによる資金枯渇と施設老朽化への対応
    ・私学法改正に伴う管理体制構築の限界
    ・複雑な学内ステークホルダーへの説明責任

【譲受(買収)側】大規模学校法人・異業種企業

  • 主な目的

    ・学部新設の許認可とキャンパス用地の迅速な獲得
    ・人材パイプライン(医療・福祉系など)の構築
    ・事業の多角化と規模の経済の追求

  • 深層心理・ハードル

    ・対象校に潜む簿外債務(未払残業代等)への警戒
    ・教授会の強い自治権など特有の組織風土の扱い
    ・統合による自社ブランドの毀損リスク

  • 直面する課題

    ・自前での学部新設にかかる膨大な時間とコスト
    ・統合後の教学マネジメントを含むPMI(買収後の統合)の難航

ここで重要なのは、「いきなりのハードな合併(吸収合併など)」は、教授会や同窓会の猛反発を招き、失敗する確率が高いという点です。

成功する譲受(買収)側は、文部科学省の補助金枠組み(私立大学等改革総合支援事業の「タイプ3」など)を戦略的に活用します。

まずは対象校と「地域連携コンソーシアム」「包括的業務提携」を結び、単位互換や共同研究を通じて内部の実態を把握します。教職員間の心理的距離を縮めた上で、数年後に自然な流れで法人統合へと移行する「ゆるやかで、確実な統合戦略」こそが、学校法人がM&Aを行うときの最適解と言えます。


 経営再建と成長の未来を描くために今すべきこと

M&Aや経営統合は、もはや「経営の失敗」や「ネガティブな撤退」ではありません。
「培ってきた教育資産と建学の精神を次世代に継承するための、最も現実的かつ前向きな戦略的選択」です。

譲渡側が生き残るために最も避けるべきは、資金が完全に枯渇し、選択肢を失った状態で法的整理に追い込まれることです。ブランド価値が毀損する前に、純資産がプラスであり、キャッシュフローに猶予がある段階で動き出す必要があります。

経営陣が直ちに着手すべき3つのステップ

  • 事前監査の実施(経営の現状を可視化)

    譲受(買い手)先を探す前に、改正法に準拠した自校のガバナンス状況潜在的な簿外債務コンプライアンス違反のリスクを自主的に洗い出し、透明性を高めます。

  • 「建学の精神」の再定義と優先順位の明確化

    創立の想いを現代的な価値に翻訳し、交渉において「絶対に譲れない条件(校名存続、雇用維持など)」「妥協可能な条件」を明確にします。

  • 専門家を交えた管理体制の再構築

    評議員会など学内政治を乗り切るためには、客観的なデータに基づいた「法人(学校)を守るための最善策」という主題のもと、管理体制の再構築が必要です。

学校法人のM&Aは、高度な財務・法務の知識だけでなく、文部科学省の許認可制度、特有の組織風土、そして統合後(PMI)のカリキュラム再編にまで精通した包括的な知見が不可欠です。

自法人の現在地を正確に把握し、未来の教育インフラを共に創り上げる最適なパートナーを見つけるために、まずは教育業界のM&Aの専門家へご相談されることを強くお勧めいたします。

早期の客観的な価値評価と市場調査が、最良の未来を切り拓く第一歩となります。

参考情報・引用元情報欄

文部科学省|時代と社会の変化を乗り越えるレジリエントな私立大学等への転換支援パッケージ
https://www.mext.go.jp/content/20250207-mxt_sigsanji-000040289_02.pdf

文部科学省|学校教育法の改正について
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigaku/04052801/index_00005.htm

文部科学省|私立学校法の改正について(令和5年改正)
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiritsu/mext_00001.html

文部科学省|私立大学等改革総合支援事業https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/002/002/1340519.htm

 

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